生地に詰め物をのせて焼く、フランス菓子のもっとも素朴な原型。
定義・歴史・種類で読み解くフランス菓子の原点
開業前、成生シェフはひとりパリを歩いていました。三つ星レストランを訪ね、名だたるパティスリーを巡っても、心に残るものには出会えませんでした。それもそのはず。フランスの製菓材料は今や日本にいても手に入り、作り手も本場で修業したシェフたちです。むしろ手先の器用さでは、日本のパティシエのほうが上かもしれない――そんな実感だけが残りました。
最後の朝、リュクサンブール公園の近く、ガイドブックにも載っていない名もないパン屋で、朝食用にひとつのタルトを買いました。薄く伸ばしたフィユタージュに、ほんの少しのアーモンドクリーム。並べられたりんごは、ただそれだけ。けれど、これまで食べてきたどの菓子よりもおいしいものでした。バターが違うのか、粉が違うのか、それともりんご自体だろうか――素朴な一枚の生地が、なぜこれほどまでに雄弁だったのか。この問いこそが、のちのプチ・ラパンという店の出発点になりました。
タルトとは
フランス語の辞典をひくと、タルト(tarte)は「薄く伸ばした生地を土台とし、そこに甘い、あるいは塩気のある詰め物を合わせて焼き上げた調製品」と説明されています。広い意味では、タルトもケーキの一種と言ってよいでしょう。ただし「ケーキ」という語が主にスポンジ生地を土台とする菓子を指すのに対し、タルトはあくまで「生地の器」そのものが主役である点に違いがあります。上から同じ生地で蓋をかぶせたものはタルトではなくトゥルト(tourte)と呼ばれますが、両者の境界は歴史的にはたびたび揺らいできたといいます。語の起源は、ラテン語の「トルタ(torta=丸いパン)」に遡るとされています。もっとも、フランス語の語源辞典CNRTLはこの由来を「不確か」としており、確かに言えるのは、13世紀の文献にすでにこの語が姿を現していたという事実だけです。
タルトの記録は、中世フランスの料理書にまで遡ることができます。当初は肉や魚を詰めた塩気の調製品が主流で、果物やクリームを用いる甘いタルトが広まったのは、砂糖が普及した後のことだとされています。詳しい由来や、名前にまつわる逸話については、本記事末尾の「歴史」欄にゆずりたいと思います。ちなみに、りんごを敷いて逆さに焼き上げる名品「タルト・タタン」が、姉妹の失敗から偶然生まれたという話は広く知られていますが、これは伝説の域を出ないというのが定説です。
タルトの種類
生地の三種
タルトの生地には、大きく3つの種類があります。バターと粉をすり合わせて作る、サクサクと軽いパート・ブリゼ。砂糖と卵を加え、クッキーのようにしっかりと焼き締まるパート・シュクレ。そして、パート・シュクレよりもバターを多く含み、ほろほろと崩れる食感が持ち味のパート・サブレ。それぞれに向く詰め物、向く焼き方があります。
焼き方でわかれる、ふたつの顔
焼き方による分類も、タルトを知るうえで欠かせない視点です。生地とフィリングを一緒にオーブンへ入れて焼き上げるものと、生地だけを先に空焼き(ア・ブラン)してから、冷めた生地に生のフルーツやクリームを詰めるもの。日本では前者を「焼き込みタルト」、後者を「フレッシュタルト」と呼び分けることが多いようです。中身も、フルーツはもちろん、カスタードクリーム、チョコレート、ムースと実に幅広くあります。ただし、この呼び分けはあくまで日本の菓子業界の慣用であり、フランス語には両者を分ける定まった呼称があるわけではない、という点は付け加えておきたいと思います。
プチ・ラパンの焼き込みタルト
プチ・ラパンは、フルーツ屋さんではありません。おいしいフルーツを育てるのは農家の仕事であり、良い状態のものを見極めるのは果物屋の仕事です。ならば菓子屋の仕事とは何でしょうか。成生シェフはそれを「素材の旨味を引き出す、糖分量と火入れ時間の見極め」だと考えています。だからこそ、プチ・ラパンのタルトは焼き込みが中心となります。
たとえば洋梨。生のまま焼き込めば、切り口からあふれた果汁がアーモンドクリームに染み込み、タルト全体が洋梨の香りに包まれます。一方、コンポートにしてから焼くと、糖度の高さゆえに果汁は内部にとどまり、ひと口かじった瞬間に口の中であふれ出します。同じ洋梨でも、火の入れ方ひとつで、まったく違う体験になるのです。
京都府長岡京市で、焼き込みタルトを専門に掲げる店は、いまのところプチ・ラパンだけです。パリの名もないパン屋で出会った、一切れの素朴なタルト。その驚きを、長岡京の日常に置き換えたい。それが、この店の願いです。
プチ・ラパンでは、フロマージュやアマンド、洋梨や杏など、6〜8種類の焼き込みタルトを日替わりで店頭に並べています。長岡京産レモンを使った季節限定のタルトが並ぶこともあります。よろしければ、店頭やオンラインショップでお手に取ってみてください。
歴史 L'Histoire
誕生の経緯
タルトの原型は、中世フランスの料理書にすでに姿を見せています。14世紀の家政書『パリの家政書(Le Ménagier de Paris)』や、同時代の料理人タイユヴァンによる『ル・ヴィアンディエ(Le Viandier)』には、フラン(flan)と呼ばれる生地の器を使った調製品が数多く記されています。当初のタルトは、肉や魚を詰めた塩気の調製品が中心で、果物やクリームを用いる甘いタルトが一般化するのは、砂糖がヨーロッパに広く普及した後のことだとされています。
興味深いのは、タルト(tarte)と、上から蓋をかぶせるトゥルト(tourte)という語が、歴史的にはしばしば混同されてきたという点です。19世紀の料理事典編者ジョゼフ・ファーヴルは、当時「タルト」はむしろ英語的な言い回しで、フランス語では「フラン」と同義だと述べていたという指摘もあり、現代のような明確な使い分けは、比較的新しい整理と言えそうです。
「タルト・タタン」の逸話にも触れておきましょう。りんごを敷いて逆さに焼き上げるこの名品は、ロワール=エ=シェール県ラモット=ブーヴロンで、駅前のオテル・タタンを営んでいたステファニー・タタンとカロリーヌ・タタン姉妹(1888〜1906年ごろ営業)の名にちなみます。「タルトを焼こうとして失敗し、逆さに仕立てたところ思いがけず好評を得た」という話は広く知られていますが、これは後年広まった俗説とされ、実際にはソローニュ地方に古くからあった郷土菓子がもとになっているという説明が事典にも見られます。史実というより、語り継がれた物語として楽しみたい逸話です。
名前の由来
「タルト(tarte)」は、ラテン語の「トルタ(torta)」――「丸いパン(torta panis)」を意味する語の省略形――に由来するとされ、同じ語源を持つ「トゥルト(tourte)」とは兄弟のような関係にあります。ただし、フランス語の権威ある語源辞典CNRTLはこの由来を「起源不確か」と明記しており、断定はできません。確実に言えるのは、13世紀初頭(1220年ごろ)の文献にはすでにこの語が使われていた、という事実です。なお、ドイツ語・オーストリア語圏の「トルテ(Torte)」も同じ語根を持ちますが、こちらはナッツ生地を主体とした層状のケーキ(ザッハトルテ等)を指し、フランスの「タルト」とは別の菓子を指す点には注意が必要です。
文化的・社会的背景
フランスでは、タルト生地はいまも製菓教育の入り口に置かれています。国家資格CAPパティシエの必修基本生地は、パート・ブリゼ/シュクレ/サブレ等の「崩れやすい生地」群を筆頭とする構成になっており、著名な製菓学校フェランディ・パリの教本でも、基本技術を学んだ直後、最初のレシピ章としてタルト生地が置かれています。
家庭の食卓においても、タルトは特別な位置を占めてきました。世論調査会社IFOPが2018年に行った調査では、好みの菓子としてタルト(りんご・洋梨)が回答者の19%を集め、全体の2位に入っています。「おばあちゃんのタルト」「日曜日のお菓子」という言い回しが料理雑誌やレシピサイトに数多く見られることも、タルトが特別な祝いの菓子というより、日常に根ざした家庭の味として親しまれてきたことをうかがわせます。
関連するシェフ・人物
タタン姉妹(Stéphanie et Caroline Tatin)/ガストン・ルノートル(Gaston Lenôtre、1920–2009)/マリー=アントワーヌ・カレーム/オーギュスト・エスコフィエ
参考文献
- Larousse Gastronomique
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