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Bibliothèque du Petit Lapin

Baba au rhum

ババ・オ・ラムとサヴァランは何が違うのか

― 18世紀前半(ラム酒の使用は19世紀) ―

乾いた菓子に注がれた一杯の酒から生まれた、フランス菓子の古典。

原語名
Baba au rhum
読み
ババ・オ・ラム
別名・異称
ババ・オ・ロム/Rum Baba
発祥時代
18世紀前半(ラム酒の使用は19世紀)
当店での取り扱い
期間限定

ババ・オ・ラムとは——酒を含んだ、 古典的フランス菓子

ババ・オ・ラム(Baba au rhum)は、発酵させた生地を型で焼き上げ、ラム酒を効かせたシロップをたっぷりと含ませたフランス菓子です。日本では「ババオラム」「ババ・オ・ロム」とも表記されますが、本稿では「ババ・オ・ラム」の表記に統一します。英語圏でも rum baba、あるいはそのまま baba au rhum と呼ばれ、フランス菓子の古典として広く知られています。

ブリオッシュに似て、ブリオッシュではない

生地そのものは、卵とバターを豊かに含んだ発酵生地で、ブリオッシュに近い性質を持ちます。けれども、ババの生地に求められる仕事は、ブリオッシュとは少し違います。焼き上げたあとにシロップへ浸すという工程に耐えなければならないからです。シロップに沈めても形を崩さない強さと、含浸したのちに口に運んだとき乾いた印象を残さないしっとりさ——この一見相反する二つの性質を一つの生地に同居させることが、ババを扱う職人に課された仕事だと伝えられています。

「ババ・オ・ラム」か「ババ・オ・ロム」か——表記と発音

フランス語の rhum は、[ʁɔm] と発音します。日本語に写すなら「ロム」のほうが原音に近く、広く使われている「ラム」は、英語の rum を経由して定着した読みです。それでも本稿で「ババ・オ・ラム」と表記するのは、日本ではこちらのほうが通りがよいからであって、原音に忠実だからではありません。フランス生まれの菓子の名が英語の響きで定着している——洋菓子の言葉が日本に届いた道筋が、こんなところにも残っています。

ババとサヴァランは、何が違うのか

ババ・オ・ラムとよく似た菓子に、サヴァラン(Savarin)があります。当店ではサヴァランは扱っておりませんが、よくいただくご質問なので、一般的な違いをここで整理しておきます。

生地はほぼ同じ、分かれるのは型と仕上げ

両者の生地は、発酵させたブリオッシュ生地という点でほとんど変わりません。分かれるのは主に型と、供され方です。

リング状の型で発酵させているババ・オ・ラムの生地

型の違い

ババは円筒形やクグロフ形の型で焼かれることが多く、サヴァランは中央に穴のあいたリング状の型——サバラン型——で焼かれるのが一般的とされています。もっとも、ババの現行のレシピ記録には、直径18センチのサバラン型を用いるという記載も残されており、同じ資料に「Moule à babas(ババ型)」と記された、縦に溝の入った円筒形の古い型の図版も併せて収められています。実務では型が重なり合うこともあり、両者の境界は、私たちが思うほど明快ではないのかもしれません。

当店のババ・オ・ラムも、この記録にならってリング状の型で焼いています。図版に残る古い型と、今日その店が用いている型が違うという事実は、三百年のあいだにこの菓子が静かに姿を変えてきたことの、ささやかな証しでもあります。

仕上げの違い

供され方にも違いがあります。サヴァランは中央のくぼみに、クレーム・パティシエールや季節のフルーツ、クレーム・シャンティイなどを盛り付けて仕上げることが多いとされています。ババのほうは、飾りよりもまず、生地がどれだけシロップを含んでいるかが問われます。同じ発酵生地から始まりながら、一方は中央に何を置くかへ、もう一方は生地そのものへと、関心の向かう先が分かれていくのです。

名の由来が違う

もう一つの違いは、名前の来歴です。サヴァランという名は、19世紀半ば、ジュリアン兄弟という菓子職人が、美食家として知られたブリア=サヴァランに敬意を表して名づけたと伝えられています。一方のババは、後述するように、まったく異なる——そしてより古い——由来を持っています。

亡命した王の菓子——ロレーヌの宮廷から

ババ・オ・ラムの物語は、パリの老舗パティスリー、ストレー(Stohrer)の記録によれば、一人の亡命した王にまでさかのぼります。ポーランド王位を退いたのち、ロレーヌ公となったスタニスラス・レシュチニスキです。その宮廷に仕えていた菓子職人が、あるとき供されたクグロフを「乾きすぎている」と評されたことから、酒を注ぐことを思いついた——そう伝えられています。

興味深いのは、この逸話について、ストレー自身の公式な記録でさえ、フランス語の原文で条件法——「〜だったのかもしれない」というふうに、言い切らずにやわらげて語る言い回し——を用いている点です。発祥の店自身が言い切っていないのですから、私たちもまた、この由来を確かな史実としてではなく、大切に語り継がれてきた物語として受け取るのがふさわしいのだろうと思います。

「ババ」という名の謎

ババという名の由来にも、複数の説があります。ストレーの記録がとっている見解は、ポーランド語で「祖母・老女」を意味する語だというもので、大ぶりで丸みを帯びたブリオッシュの形が、老婦人の幅広いスカートを思わせたのだと伝えられています。この語の使用例は1642年にまでさかのぼるといいます。

もう一つ、日本でもよく語られるのが、『千夜一夜物語』の「アリババと四十人の盗賊」にちなむという説です。けれども時系列を辿ると、この説には無理があります。「アリババと四十人の盗賊」がフランスで読まれるようになったのは18世紀、東洋学者アントワーヌ・ガランがシリア・アレッポ出身の語り部から聞いた話を『千一夜物語』に書き加えて以降のことだからです。菓子の名としての「baba」は、アリババという人物がフランス語の読者に知られるよりも先に存在していたことになります。名前が先に生まれ、物語はあとから来た——由来として結びつけるには、順序が逆なのです。ちなみに、この「アリババと四十人の盗賊」という物語自体、アラビア語の原典には存在せず、ガランが後から書き加えた一篇であることも知られています。名の由来を探ろうとして辿り着いた物語そのものが、実はフランス生まれだった——そんな入れ子の面白さも、あわせて添えておきます。

王から娘へ、娘からパリへ

スタニスラスの娘マリー・レクザンスカがルイ15世に嫁いだ縁で、ロレーヌの菓子職人はヴェルサイユへ、そしてパリへと居を移していったと伝えられています。ババの由来を記した書物の献辞も、マリー・レクザンスカとルイ15世に捧げられています。ロレーヌの宮廷からヴェルサイユを経てパリへ——一つの菓子が旅をした道のりです。

ストレー、1730年から同じ場所で

ニコラ・ストレーという職人

そのストレーは、1730年創業、パリ2区モントルグイユ通り51番地に構える、パリ最古のパティスリーの一つです。創業者ニコラ・ストレーは、ババ・オ・ラムのほかにも、タルト・シブースト、ピュイ・ダムール、古式のルリジューズといった古典菓子を体系化し、ブーシェ・ア・ラ・レーヌの考案者としても知られています。それまで塩味の生地を扱う者、砂糖菓子を扱う者、ワッフルを焼く者といったふうに分かれていた職を、モントルグイユ通りの一つの店に統合したという功績もあります。「菓子職人」という職業そのものを、今日私たちが知るかたちに近づけた人物だったとも言えるでしょう。

変わらぬ場所で

創業から三百年近くを経た今も、同じ住所で、同じ業態を続けています。ストレーは2017年、パリ最古のショコラトリーとして知られる店を率いる一族に受け継がれました。現在のオーナーはこう語っています。1730年以来、住所も業態も変えていない。ルイ15世が口にしたのと同じババ・オ・ラムを、今も味わうことができるという考えそのものに、どこか魔法めいたものがある、と。

そして今も、ババ・オ・ラムはこの店の売れ筋第1位であり続けているといいます。三百年近くにわたって人々に選ばれ続けている菓子だと思うと、静かな重みを感じずにはいられません。

なぜ、ラム酒なのか

伝えられるところでは、生地に酒を注ぐという着想そのものは、ラム酒よりも早くからありました。はじめに用いられたのはトカイやマラガといった甘口のワインで、ラム酒が使われるようになったのはもっと後の時代のことだと言われています。

焼き上げたババ・オ・ラムにラム酒のシロップを含ませているところ

アンビバージュという工程

生地にシロップを含ませる工程は、アンビバージュ(imbibage)と呼ばれます。焼き上げた生地を一度冷まし、シロップに浸して芯まで染み込ませることで、ババ特有の含浸感が生まれます。

マルティニークから来たラム

当店では、ラム酒にディロン トレヴュー V.S.O.P.(Dillon Très Vieux VSOP)という、マルティニーク島産のアグリコールラムを使用しています。

このラム酒の名は、かつて島の広大なプランテーションを治めていたアルテュール・ディロン伯爵に由来すると伝えられています。伯爵はフランス革命に巻き込まれ、王政への忠誠を叫びながら世を去ったとも言われています。

亡命した王のために生まれたとされる菓子と、王政のために命を落としたと伝えられる将軍の名を負う島の酒。どちらも、王政の落日に立ち会ったとされる物語です。その二つが、一つの菓子の上で静かに出会っている——そんなふうに思いながら、私たちはこのラム酒を選んでいます。

洋酒の菓子として——召し上がる前に

焼き菓子とは違う、染み込ませる菓子

ババ・オ・ラムは、焼成したのちに非加熱のシロップを含ませる菓子です。加熱調理によってアルコール分が飛ぶ焼き菓子とは性質が異なり、含浸後もアルコール分が生地の中に残ります。米国農務省(USDA)の報告「Table of Nutrient Retention Factors, Release 6」(2007年)では、加熱を経ずに一晩置いた場合のアルコール残存率はおよそ70%とされています。

お子さま・妊娠中・授乳中・お車の方へ

こうした性質上、お子さまや妊娠中・授乳中の方、この後お車を運転される方は、お召し上がりをお控えいただくことをおすすめしています。当店では、洋酒を用いた菓子である旨を明確にお伝えするよう努めております。

モントルグイユ通りから、長岡京へ

パリで出会った一皿

当店のシェフがパリを旅した折、モントルグイユ通りのストレーでババ・オ・ラムを口にしたことがありました。その味わいがあまりに見事だったことが、当店でババ・オ・ラムを作る動機になっています。

一冊の本を手がかりに

当店のババ・オ・ラムは、ストレーの公式な書物を一冊の手がかりとして、その製法を学びながら作っています。配合や分量そのものをここでお伝えすることはできませんが、一冊の本を通して、パリ最古の菓子店に伝わる仕事のかたちを学んだ、という事実だけは、はっきりとお伝えできます。これは、当店にとって特別な例外ではありません。プチ・ラパンは、フランスの美味しいものを日本のお客様に紹介するという考えのもと、名のある菓子職人の仕事を再現してお届けすることを、これまでも折に触れて行ってきました。

1730年からずっと同じ場所で作られ続けてきた菓子が、一冊のフランス語の書物を介して、遠く離れた長岡京の厨房に届いています。店頭で、ぜひお手に取ってみてください。

プチ・ラパンの店内に置かれたババ・オ・ラム。横から見た生地の厚みと、ナパージュの艶、上に絞られたクレーム・シャンティイ
Chapitre I

歴史 L'Histoire

誕生の経緯

ロレーヌ公スタニスラス・レシュチニスキの宮廷にて。ストレー公式記録はフランス語の条件法で記述(=断定なし)。

名前の由来

ポーランド語「祖母・老女」に由来(1642年に用例あり)。アリババ由来説は年代的に後発。

文化的・社会的背景

スタニスラスのロレーヌ公即位、娘マリー・レクザンスカのルイ15世輿入れ。18世紀フランス宮廷史。

関連するシェフ・人物

ニコラ・ストレー、スタニスラス・レシュチニスキ、マリー・レクザンスカ、ブリア=サヴァラン、ジェフリー・カーニュ(Stohrer本の著者・2020年当時のシェフパティシエ)

Chapitre II

材料事典 Dictionnaire des Ingrédients

産地・原産地

マルティニーク(フランス海外県・カリブ海)

種類・グレード

AOCアグリコールラム(廃糖蜜ではなくサトウキビ搾汁が原料)。オーク樽熟成。

製法上の役割

アンビバージュ(含浸)によって生地に香りを移す。非加熱のためアルコール分が残る。

推奨ブランド・銘柄

ディロン トレヴュー V.S.O.P.(Dillon Très Vieux VSOP・43度)。他の銘柄と比べても、香りの質と深みが際立つ。

Chapitre III

季節のお菓子 Pâtisserie de Saison

主な季節

関連する歳時・行事

ババの日(8月8日)/BABAフェスタ

Colophon

参考文献

  • Le livre de pâtisserie Stohrer Jeffrey Cagnes・Éditions du Chêne・2020
  • Larousse Gastronomique Prosper Montagné・Larousse・1938
  • お菓子の歴史 マグロンヌ・トゥーサン=サマ(吉田春美訳)・河出書房新社・2005

最終更新:

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